
匿名
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近著「インドカレーのきほん、完全レシピ」の中の「ケララ風 結婚式のフィッシュカレー」がとても気に入って(気になって)います。以下、私の印象ですが、、ご著書「だいたい1ステップか2ステップ〜」の「ミーンコランブ」に似ていますが、クミン、コリアンダー、トマトなどが消え、ストイックな感じがあります。グレィヴィのみを味わうとトマトが入ってないぶん「旨味」は薄いのですが、どこか不思議な味わいで、本著の前書きにありますように、魚の「素材そのものの味わいを引き出す」といった深みが大変感じられ、またレシピ名も相まって芸術的な印象もあります。本レシピに関するイナダ様の解説を伺えれば嬉しいです。またスパイス、水、塩を事前に合わせてペーストにしておく、という手法がなんだか気に入っているのですが、これは他のカレーにも使えるのでしょうか?それともこちらのフィッシュカレーだからこそ活きる手法でしょうか?
唐辛子がインドで広く使われるようになったのは17世紀以降ですが、トマトの普及は更にだいぶ遅かったようです。特に南インドはインドの中でも古いスタイルの料理がそのまま残っている地域ということもあってか、100年くらい前まではほとんど使われていなかったという話も聞いたことがあります。 なので現代でも南インドには、トマトを使わないカレーがわんさかあります。ラッサムだって本来はトマトを使いません。日本でそういうラッサムを出している店は「ケララの風」くらいかもしれませんが。 日本では、玉ねぎ・トマト・ニンニク・生姜がほぼ全てのカレーに使われていますが、それこそが「日本人的感覚においてのカレーらしいカレー」と言えるかもしれません。いや、これは日本人に限ったことでなく、イギリス人を始めとする欧米人にとってもそうかもしれません。 一方でそれらの要素から何かが欠けると「カレーらしくないカレー」ということになり、件のフィッシュカレーもそのひとつ、ということになります。 日本においてトマトが必須と見做されている理由は、もちろん日本人がうま味好きということもありますが、同時に、日本人はカレーのグレイヴィがたっぷりしたものを好むということがあると思います。具材に対して汁気が多くなるとどうしても味が「水っぽく」なりますが、その水分を一部トマトに置き換えればそうならずにすみます。 件のフィッシュカレーの場合は、あくまで魚が主体で汁は副次的に少量が生成される、というものなので、トマト無しでもある程度日本人好みに着地するということになります。煮魚と同じ原理です。 インドの魚介料理におけるスパイスの基本は「チリとターメリック」であり、それだけで仕上げられるものも多数あります。それ以外は言わば「オプション」です。普通ならオプションとしてまず登場するのはクミンですが、クミンへの依存度が低い南インドでは別のものが優先されがちでもあります。これもまたいにしえのスタイルです。チキンカレーでもたまにそういうものもあります。 水練りマサラを工程で用いるのは、玉ねぎの量が少なくさらにトマトも入らないからです。パウダースパイスをソテーするにはある程度の水分が必要で、普通は玉ねぎやトマトをソテーしてなお残る水分を活用しますが、この場合その手法は使えないということです。 また南インドでは、スパイスや香味野菜、ココナツなどを最初に石臼ですりつぶしたウェットなマサラをまず用意するのが伝統的な手法ですが、この単に水だけで練るというのもその感覚の延長ではないかとも思います。これは魚以外の主にノンベジカレーでも使われる手法です。 といった感じで、「結婚式のフィッシュカレー」はとにかく、古色蒼然とした料理なのです。 こういった料理は店では出しづらく、レシピ本ではさらに掲載しづらいということになりますが、今回の本は、まあそういうものにも挑戦してみてくださいよ、という章をあえて設けているので、掲載しました。またそこにおいては、この料理が限りなく日本の「煮魚」に似たものでもあるので優先されたという面もあります。