
匿名
松屋の新メニューでカツレツ風が出るとは驚きでした。イナダさんは松屋の新メニューの流れをどのように見ていますか。
この質問でそのニュースを知り、販売開始の朝10:00に行っちゃいましたよ笑 僕が食べたやつは、これまでになかった調理パターンの初日だったからか、たぶん本来のスペックではなかったと思います。カツレツらしいクリスピー感や香ばしさはあまりなかった。 でも素体自体は慣れてくればもっとカリッとおいしく焼けそうです。 ただそうなったとしても、いわゆるカツレツの王道とはまた違うだろうな、という印象も持ちました。タレの味も含めて、ポークソテーのバリエーションという印象です。 世間一般の「焼き(とん)カツ」ともまただいぶ違います。 ソースはいかにも松屋らしいカッコ良さです。 うま味控えめ甘ったるさ無し、そのせいで体感的にはかなりしょっぱく、シャープです。ニンニクは臭みを飛ばす気などさらさら無い状態で大量に入っており(←松屋通常運転)、そこにバターが加わってハイカラ感を演出。 「ニンニク愛」と「とにかく大量の米を食わせようという意気込み」という、松屋のアイデンティティに則った硬派なソースでした。 ただしこのソースもまたこの料理を「カツレツらしさ」から遠ざけている一因ではあるのですが。 多くの人が「松屋は牛丼屋ではない、カレー屋である」と言いますが、僕はそのカレーの件も含めて松屋は洋食屋だと解釈しています。いろんなところに、洋食世代の頑固な老コックさんの影がちらつくのです。 過去にもロールキャベツやクリームシチュー(と言う名の実質フリカッセ)といった衰退傾向の洋食を、松屋流に「やたらご飯が進む」仕様で世に問うてきました。トマトソースを米が進む仕様に仕上げるのも得意技です。シャンピニオンソースすら米に合わせてチューニングするというアクロバットをやってのけます。 今回の焼きかつもその流れの中にあると感じました。 フリカッセもカツレツも、さほど米が進まないために洋食界では衰退したというのが僕の見立てなのですが、松屋はその欠点(本来の文脈ではそれは本当は欠点ではないのですがそれはさておき)をひっくり返すことで現代的な価値を生み出そうとしています。 しかし今回の焼きかつに関してはその振り幅が大きすぎて少々無理が生じてる気がします。まずいという意味ではありません。むしろ別ジャンルの料理としておいしい。 おそらく世の中の大半の人がカツレツという料理を食べたことがありません。(もちろん、カツレツという名前だけど実質トンカツ、みたいなものを除いてです。)その状況下で、「カツレツってこういうものなのか」という認識が広まってしまうのはちょっと問題なのではという気はします。SNSでは「これがカツレツというものか。だったらトンカツの方がいいな」という感想も見ました。僕が一番恐れていることでした。 同じことは、以前話題になったシュクメルリなどの外国料理を引き合いにした商品にも同じことが言えます。今回も「ミラノ風カツレツを元に」みたいなことが公式で喧伝されてます。 ハッキリ言って良くないと僕は思っています。これは誰も幸せにしないのではないか、と。 人々がよく知らない料理や歴史に埋もれつつある料理に光を当てるという姿勢はとても素晴らしい。そしてそれをいつものお客さんが受け入れやすいようにアレンジすることも必然、しかもそのアレンジのスタイルに一貫した強烈な個性があるのは尊い。 しかしそこには常に文化に関わるリスクがあります。難しい問題です。松屋がそことどう向き合っていくかが気になっています。